LIFE
2022.12.08(Thu.)
多拠点生活やリモートワークといった
暮らしと働き方の変化に伴い、
はるか昔から人々の身近にある「森」との関わり方にも多様性が生まれています。
ここではさまざまな角度で樹々と関わる方に話を伺い、「森と寄り添う暮らし」のヒントをお届けします。
自然との付き合い方は森が教えてくれる。
暮らしを紡ぎ、場をつくる
「TINY GARDEN 蓼科」企画・地域コーディネーター
粟野龍亮さん、妻・紘子さん
大きな楓の木の下に腰掛けたとき、肩の力がふわっと抜けた。
小さな子どもが湖のほとりを駆け、その先には山々が麓をやさしく見守っている。木漏れ日が降り注ぐオープンテラスでは、珈琲の香りが漂っていた。アパレルブランドのアーバンリサーチが手がける長野県茅野市の蓼科湖畔のキャンプ場<TINY GARDEN 蓼科(タイニーガーデンたてしな)>。
十数人は囲めそうな大きな焚き火炉で、慣れた手つきで薪を組む男性がいた。キャンプ場の企画・地域コーディネーターとして活躍する粟野龍亮さんだ。蓼科の自然の中で働きながら、八ヶ岳山麓にある自分たちの手でリノベーションした家で家族5人、にぎやかに暮らしている。
“モノ”よりも“時間”を
共有する豊かさ
東京に生まれ、大学を卒業した後は手仕事とエシカルをテーマにしたアーバンリサーチのブランド「かぐれ」で働き、地方のものづくりを見てまわったという粟野さん。
「当時は仕事でもプライベートでも、地方の作家さんを訪ねる日々。そこでは、モノ(作品)の魅力に触れることよりも時間の豊かさのようなものを感じて、いつしか“モノ”ではなく “時間”をお客さんとシェアしたいという気持ちが強くなりました。その時の感覚は今も深く心に残っています」
時を同じくして同じ職場で出会った紘子さんと結婚し、子どもが産まれたことをきっかけに紘子さんの実家から近い三重県伊勢市に住まいを移した。
「伊勢神宮の裏山で田舎暮らしをしながら、リクルートの旅行誌の営業として仕事はガツガツというスタイル。移住1年生としては、第一歩として地域の暮らしに慣れていく良い時間でした」
そして長野に来たのは5年前のこと。2年間、長野県・茅野市で地域おこし協力隊として特産品の寒天に関わるツアーなどを企画した後に、TINY GARDEN 蓼科の立ち上げメンバーとして声がかかった。
「アーバンリサーチはただ洋服を売るだけではなく、フェスなどを通して自然の中でお客様と時間を共有することに力を入れていました。声をかけていただいたとき、僕が地域に入り込んだ時間の背景と会社の理想をうまく掛け合わせれば、移住してきた人や地域の面白い人たちが活躍できる場になれると感じました」
自然や木について
考える場でありたい
<TINY GARDEN 蓼科>という場所は、キャンプ場というよりも、自然や森への玄関口としての存在が大きい。宿泊スタイルはテントを自由に張れるオートサイトをはじめ、山小屋のようなキャビン、ホテルタイプのロッジと、自然との心地良い距離感を選ぶことができる。そうかと思えば、ふらっと珈琲を飲みにきたり、カフェで仕事をする人もいる。
「蓼科というエリアは、地域の人は都会の雰囲気を感じられて、観光客も地元の人の雰囲気も感じられる場所というイメージでしょうか。お互いが求めているものを適度に感じながら、交わることができる空間。その真ん中に自然や森があります」と粟野さん。
自然との関係を考える取り組みの一環として今年企画しているのが、キャンプ場に生育する樹々の役割や利用方法を地域の樹木医や木こりたちから学びながら、実際に伐採する体験ができるガーデンスクール。焚き火の着火剤として使われる白樺の樹皮が、キャンプ場の生きている木から必要以上に剥がされていたことがきっかけになったという。
宿泊者を“お客様”として迎えるだけでなく、“TINY GARDENを支える仲間”へと意識を変える。そうすることで、森を守り循環させる仕組みづくりに取り組んでいる。
「僕たちも森の近くで暮らしたり、キャンプをしたりしていると感じること、学びや気づくことがたくさんあります。まずは間口を広げて自然に興味を持ってもらい、その先にある時間をどう楽しんでもらうかを常に考えています。たとえばキャンプファイヤーのセッティングも、僕らがするだけでなくお客さんに木を組んでもらうなど、見てもらうだけじゃなくプロセスにどううまく巻き込んでいけるかが課題です」
蓼科の湖畔に根を下ろして、3年。訪れた人が実際に手を動かして、学び、自分なりの自然と付き合い方を考える場づくりが始まっている。
自分たちで暮らしをつくる
粟野さんは日々の暮らしの中でも自然との時間を大切にする場を作っている。別荘をリノベーションしたという平屋住宅のウッドデッキには手割りの薪が積み上げられ、庭には小さな家庭菜園。コンポストも設置した。「動物に荒らされてしまいます」と笑う粟野さんだが、畑にはずっしりとした青いトマトが実をつけていた。
「この家に来てからは忙しいですね。イヤな忙しさではなくて、草刈りをしたり薪割りをしたり。それが心地いい。毎朝、仕事に行く前に15分だけ薪割りをするのが毎日のルーティンになっています」決して楽とは言えない薪割りが、自分と向き合う時間になっているという。
家の改修は、暮らしながらDIYをした。「床を貼り直したり、下駄箱を作ったり。薪ストーブの炉台は自分でレンガを組んだので思い出深い場所です」と薪割りと同様に自分たちの手で作ってきた暮らしを振り返る。
漆喰の壁は、家族や仲間と一緒になってみんなで完成させたもの。ある建築家が言っていた。漆喰はプロじゃなくて、素人が塗った方が味が出ていいんだ、と。
山小屋で働いていたこともあるほどの山好きの紘子さんだが、山小屋と今の暮らしで感覚の変化を実感するという。
「私の中で山小屋は、日常とは違う感覚があって。それよりも、日常の中で自然との距離が近い暮らしをしたいといつしか思うようになりました。東京にいる頃は休日になると山へ登り仕事の疲れをリセットしていましたが、いざ自然の近くに住んでみたらその欲求がなくなったんです。自然との距離が近いぶん、自分が自然と友達、自然の一部であるという感覚が生まれたのかもしれません」
自然の中に暮らして1年、子どもたちは虫がこわくなくなった。畑に実る野菜にも興味津々で、「この野菜たちはこうするといいらしいよ」なんて報告してくれるという。
自然を求めていた生活から、いつしか自然と一体になったような感覚が生まれたのは粟野さん夫妻が自ら手を動かし、自然と向き合っているから。
日々の暮らしから紡がれる豊かな時間が、自然とのちょうど良い距離感を持つ<TINY GARDEN 蓼科>の心地よさにもつながっている。
TINY GARDEN 蓼科
HP https://www.urban-research.co.jp/special/tinygarden/
Instagram https://www.instagram.com/ur_tinygarden/?hl=ja
Text_Fukiko Ozawa
Photo_Takashi gomi
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