BOOK&MUSIC
2022.12.08(Thu)
お茶を淹れてひと息つく時間は、
豊かな日常のひとコマです。
ここでは、長野県富士見町で街の小さな本屋
<mountain bookcase>を営む石垣純子さんに
ゆったりと流れるお茶の時間を共にしたい
“森にまつわる本” を案内していただきます。
「センス・オブ・ワンダー」
人生の中で何度も読み返す本がある。それらはとてもシンプルなのに、読むたびに感動と新たな思索をもたらしてくれる。私にとってのそんな本のひとつが『センス・オブ・ワンダー』だ。
海洋生物学者で作家であるレイチェル・カーソンによって書かれたこの本は、海辺や森や身近な場所の中で自然を感じることを通して、“神秘さや不思議さに目を見はる感性”(=センス・オブ・ワンダー)を自分の中に持つことの大切さを詩情豊かに綴ったものだ。
この作品はもともと1956年に「ウーマンズ・ホーム・コンパニオン」という雑誌に掲載され、彼女はそれをさらにふくらませ一冊の本にしたいと考えていたが、病に倒れ1964年に56歳の生涯を閉じた後、その意志を継いだ友人たちによってまとめられ出版された。
私がこの本を最初に読んだ時は20代で、後々自分が子の親になることなど思いもしなかった頃のこと。読んでまず最初に思い出したのは父の姿だった。
幼い頃、初夏の宵に父は時々気まぐれに私と弟を連れ出して田んぼに蛍を探しに行くことがあった。カエルの声が響く夜の田んぼに、ふうわりと静かに舞う蛍のほのかな光の美しさは生涯忘れることはないだろう。
その次に思い出したのは娘がまだ小さかった頃のこと。
この本の冒頭でレイチェル・カーソンが、1歳8ヶ月になったばかりの甥のロジャーと暗闇の嵐の中を海岸へ行き、そのうねるような波の音を聴いて二人で湧き上がる興奮と喜びを分かち合ったシーンを読みながら、以前読んだ時には父を思い出していたページで、今度は娘とこんなふうに時間をともにして歩んでゆきたいと願ったことを思い出していた。
他にも、“自然を探検するということは、まわりにあるすべてのものに対するあなた自身の感受性にみがきをかけるということです。それは、しばらくつかっていなかった感覚の回路をひらくこと、つまり、あなたの目、耳、鼻、指先のつかいかたをもう一度学び直すことなのです。” という文章と、“「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない” という言葉も、子どもと一緒に成長するなかで、自分の支えとなってきた。
今はそうして年齢を重ねることで、自然を通して育まれた感性が、“大人になって直面する倦怠や幻滅の解毒剤になる”ということを実感しているところだ。自分にとって必要だと思える本に出会えた時、人生においてその本から受け取ることがいかに多いことか。
私はあるとき本屋の棚で、装丁に惹かれてこの本を偶然手に取ったのだけれども、「感じる」ということの大切さを支えにこれまで生きてこられたことに感謝している。
これからも読み続けるであろうお守りのような本である。
PROFILE | プロフィール
長野県出身。文芸書から絵本まで、新刊と古本を扱う小さな本屋<mountain bookcase>店主。2004年より約8年間ブックカフェの責任者を経て、2013年より移動書店の形態で活動をはじめる。2018年韮崎に実店舗を構え、2020年秋に地元の八ヶ岳の麓・諏訪郡富士見町に移転。人生に欠かせないのは旅と本。
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