STORY
2024.7.07(Tue)
yasoのプロダクトが生まれる背景には、プロフェッショナルな作り手たちの存在があります。
作り手たちがその道に出会うまでのストーリー、
制作にかける想いなどを伺いました。
蓼科の森に心を寄せて歩んだ日々
庭につながる花屋を目指して
箱を開けると、深々と息を吸い込みたくなるような森の匂いがした。
ヤマザクラ、ダンコウバイ、カラマツ、ナナカマド、ヤドリギ、キハダ、ヒヨクヒバ......。
「森のスワッグ定期便」は、ツリーケアの現場で伐採・剪定された樹木や草花が、季節の移ろいを知らせる壁飾りとなって毎月届くyasoの人気商品だ。
手掛けているのは、蓼科を拠点に活動するフラワーデザイナーの柿澤美香さん。東京のウエディング業界の第一線で働いていた頃から常に、心の中には「蓼科の森があった」と話す柿澤さんに、植物と共に歩んできたこれまでの道のりと、yasoのスワッグに込めた思いを伺った。
蓼科の森で過ごした幼少期
長野県茅野市に生まれ、蓼科の森を遊び場に育った柿澤さんの幼い頃の記憶は、カラフルに色づく秋の森のシーンからはじまる。
「おじいちゃんと一緒によく外で過ごしていました。イチョウの葉っぱを束ね、ブーケに見立てて遊んでいたのを覚えています」
植木の手入れや蜜蜂の世話をする祖父の様子を、そばで見ているのが日課だったという柿澤さん。口数の少ない祖父と森で過ごす時間は、幼い柿澤さんの好奇心をくすぐる、穏やかな日常だった。
「庭には、C23(シーニジュウサン)と呼んでいたはちみつ小屋と、蜂箱がありました。蜜蜂がブンブンと飛び回っていましたが、不思議と刺された記憶はありません」
キャビン(cabin:小屋)のCに、部屋番号を表す23。昔キャンプ場で客室として使われていたものを譲り受けたというはちみつ小屋はその後、柿澤さんの人生の岐路に寄り添う存在になる。
趣味の一つで
終わらせたくない
静岡の短大に進学した柿澤さんは、一人暮らしをはじめた街で、好きなものに囲まれながら仕事に打ち込む大人たちと出会う。
「可愛らしいお花屋さんや骨董屋さんが建ち並ぶ、趣のある街でした。そこで働く大人と話すうちに、私も手に職をつけたいと思うようになりました」
幼い頃から植物が身近にある暮らしをしてきた柿澤さんは、なかでも花の世界に興味を持った。
「短大卒業後は、働きながら東京のフラワーデザインスクールに通いました。実際に学びはじめると、お花は趣味の一つで終わらせたくないという気持ちが強くなっていきました」
なぜ、花だったのだろう。
「授業の課題で作品をつくると、先生から褒められることが続いたんです。それまで、料理でもほかのお仕事でも、やると怒られることの方が多かったので『あ、これはいいかも』って(笑)」
在学時からすでに頭角を表していた柿澤さんは、「ウエディングのお花はなくならない。なくならないものを職業にした方がいい」という母の言葉もあり、ウエディング業界に進むことを決めた。
華やかで厳しいウエディングの世界
柿澤さんは、式場の装飾やウエディング広告の装花デザインを専門で手掛ける会社で働きはじめた。入社3年目には、有名ウエディング雑誌の表紙を飾るブーケを通年で担当するなど、目覚ましい活躍ぶりだった。
「いつか雑誌の表紙を担当したいと思っていたので、できるとわかった時はうれしかったですね。全力でやりたいことに向き合う日々でした」
華やかな舞台を支えるウエディングの仕事はしかし、体力的に過酷な現場でもある。週に1度の休日をのぞき、始発で出社し終電で帰宅する毎日。挙式の多い週末は、午前中に6会場、午後に6会場、1日で12会場もの装花を担当することもざらだったという。
目まぐるしい生活が6年目に入ったある日、ふと気がついたことがあった。
「毎朝市場でお花を仕入れるのですが、知らず知らずのうちに長野の花を選んでいることが多かったんです」
さらに式場のプランナーからも、「森っぽい空間をつくるのが得意な人」として認識されるようになっていた。
「それならもう、長野に帰って地元のお花を使ってやったらいいんじゃないかって、ある時思ったんです。東京でわざわざ森っぽい植物を仕入れてつくるのではなく、大好きな蓼科の森で地元の植物を生かしてつくるのが私にとっては自然なのかなって。
森っぽさや蓼科っぽさというのは、ずっと心にあったのかもしれません。何かつくる時はいつも、子どもの頃に見た紅葉のグラデーションが浮かんでくるんです」
柿澤さんは生まれ育った故郷、茅野市蓼科に帰ることを決めた。
ウエディング業界で働きはじめて10年。
2008年の初夏だった。
はちみつ小屋をアトリエに
「C23」始動
「これから何をするのかはあまり考えず」に蓼科に帰ってきた柿澤さんには、一つだけ心に決めていたことがあった。
「子どもの頃お気に入りの場所だったおじいちゃんのはちみつ小屋を、アトリエとして使わせてもらおうと考えていました」
柿澤さん自らリノベーションしたはちみつ小屋は、アトリエに生まれ変わり、小屋の愛称「C23」をそのままブランド名に、蓼科での活動がはじまった。
「自然の色合いを生かしたリースやドライフラワー、コサージュなど、植物を使った小物づくりに取り組むようになりました。松本市の雑貨屋さんに置かせてもらったり、クラフト市に出店したり。物販は初めての経験だったので面白かったですね」
帰郷後しばらくのあいだ休んでいたウエディングの装花も、徐々に再開した。
「蓼科に戻り一度ウエディングから離れた時に、あんなに笑顔があふれ、『ありがとう』や『おめでとう』が飛び交う空間は、すごく特別だったんだと気づいたんです。私はやっぱりウエディングの空間が好きで、誰かに喜んでもらえるお仕事がしたいという気持ちは、今も昔も変わっていません」
伐採・剪定した
樹木や草花をインテリアに
2022年の秋からは、yasoが展開する「森のスワッグ定期便」の製作を手掛けている柿澤さん。
「東京から長野にUターンした時から、この土地の植物を使ってより自然に近い作品づくりをしたいと考えていました。ツリーケアの現場で伐られた枝葉を、身近なインテリアとして楽しめるようデザインする取り組みは、私の理想でもあったんです」
自然の循環の中で、小さなアレンジを加え、より多くの人のもとへ届けていく。
「市場では、枝や茎が曲がった植物ははねられてしまうのですが、スワッグはむしろ、その曲がっている部分を生かしてつくります。現場から届く植物をそのまま使い、華やかな花束とはまた違った、森の息づかいや野生味のある表情をお届けできればと思っています」
毎月届く定期便だから、「来月のスワッグは出産祝いに友人に贈ろう」といった使い方も。もちろん自宅やオフィス、店舗に飾り、その月々で変わる森の表情を眺めるのも楽しい。
「リボンをつけるなど、プレゼント用のアレンジも可能です。ドライになったスワッグも一段とすてきなんですよ。その季節ならではの森の魅力を詰め込んだフレッシュな色や香りを堪能していただいた後は、ぜひドライでもお楽しみください」
2023年からは、アトリエの横で花壇をはじめる予定だという。くねくねと歩き回れるような場所にしたいと、柿澤さんはうれしそうに笑う。
「摘んだばかりの植物でつくるブーケや花束は、香りや温かさが全然違うんです。オーダーをいただいたらアトリエ横の花壇で花を摘み、ブーケやアレンジメントをつくってお渡しできるような『庭につながる花屋』になることが夢です」