BOOK&MUSIC
2023.9.21(Thu)
お茶を淹れてひと息つく時間は、
豊かな日常のひとコマです。
ここでは、長野県富士見町で街の小さな本屋
<mountain bookcase>を営む石垣純子さんに
ゆったりと流れるお茶の時間を共にしたい
“森にまつわる本” を案内していただきます。
「詩ふたつ」
今年の春まで自分の本屋の他に、同じ町にあった新刊書店でも仕事をしていた。
その書店は惜しまれながら3月で閉店してしまったのだが、何十年もこの地域の文化を支え続けてきた貴重なお店だった。
そこで仕事をしていた時、ひとりの方から同じタイトルの本の注文を複数回受けたことがある。それは花がお好きなご年配の女性のお客様からの注文だったのだが、私にとっても思い入れのある大切な本だったので気になって、ある日お会計の際に伺ってみると、その本は大切な人を亡くされたお友達への贈り物なのだという。
かつて私もこの本を、同じように特別な人を失って深い哀しみの中にいた人へ、少しでも心の拠り所になればと贈ったことがあったので、そのお客様に心が思わず共振していた。
この「詩ふたつ」(クレヨンハウス刊)という長田弘さんの詩集は、「花を持って、会いにゆく」と「人生は森のなかの一日」という2篇の詩に、グスタフ・クリムトの森や花々の絵を挿画として収録した函入りの美しい本だ。
この詩集は長田さんの亡き妻・瑞枝さんに捧げられている。
あとがきに綴られた長田さんの言葉の端々からは、大学の同級生でもあったという瑞枝さんへの信頼に満ちた深い愛情と思いが伝わってくる。
瑞枝さんが亡くなられてから、長田さんはクリムトの絵に巡りくる季節の死と再生を感じ、支えられ励まされてきたのだという。この詩集の中で、その絵たちはまるで長田さんの詩のために描かれたかのように調和し共鳴し合う。
時間というものは、今ここに在る人に与えられたものであると同時に、この世を去った人が遺していった、その人が生きられなかった時間でもあるのだということを、私も特別な人を失って以来、切実に感じるようになった。
長田さんのこの詩と出会って、自分のなかで落ち着くところがなく漂っていた感情のための場所が見つかったような気持ちがした。
この世界にことばがあって良かったと心から思った。
最後に、「人生は森のなかの一日」の中から詩の一部を紹介したいと思う。
“森には、何一つ、
余分なものがない。
何一つ、むだなものがない。
人生もおなじだ。
何一つ、余分なものがない。
むだなものがない。
やがて、とある日、
黙って森を出てゆくもののように、
わたしたちは逝くだろう。
わたしたちが死んで、
わたしたちの森の木が
天を突くほど、大きくなったら、
大きくなった木の下で会おう。
わたしは新鮮な苺をもってゆく。
きみは悲しみを持たずにきてくれ。
そのとき、ふりかえって
人生は森のなかの一日のようだったと
言えたら、わたしはうれしい。“
(一部抜粋)
PROFILE | プロフィール
長野県出身。文芸書から絵本まで、新刊と古本を扱う小さな本屋<mountain bookcase>店主。2004年より約8年間ブックカフェの責任者を経て、2013年より移動書店の形態で活動をはじめる。2018年韮崎に実店舗を構え、2020年秋に地元の八ヶ岳の麓・諏訪郡富士見町に移転。人生に欠かせないのは旅と本。
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