STORY
2024.9.27(Fri)
yasoのプロダクトが生まれる背景には、プロフェッショナルな作り手たちの存在があります。
作り手たちがその道に出会うまでのストーリー、
制作にかける想いなどを伺いました。
自然の恵みに感謝しながら
人の手を加えてできることを
香りは記憶と瞬時に結びつく。たったいままで忘れていた、あの時の情景が立ち上がる。まだ見たことのないはずの風景が、輪郭をもって浮かび上がる。
2022年5月、yasoでふたつの森の香りが誕生した。日本の木々が持つ芯の強さを表現した「樹木」と、ずっしりと佇む赤松のもとに咲く強く儚い「野花」。
yasoを代表するこれらの香りは、エッセンシャルオイル、ハンドソープ、ヘアオイル、マルチバームと、さまざまな商品に展開されている。
調香を手がけているのは、蓼科在住の調香師・岡田保子さん。岡田さんはどのように香りと出会い、仕事にし、いま何を大切に思うのか、話を伺った。
香りをアートのように楽しむ
神奈川県の山に近いエリアで自然に囲まれて育った岡田さんは、草花が大好きな子どもだった。成長とともに興味はファッションへと移り、高校生になると服づくりに夢中になったという。
「背が高かったので、既製品だとしっくりこないことが多かったんです。ロングスカートをはきたいと思って、受験勉強の傍らつくりはじめたら楽しくて、そのまま服飾系の大学に進学しました」
大学生の時にはじめて買った香水が「L’EAU D’ISSEY(ロードゥ イッセイ)」だった。1992年にISSEY MIYAKEから発売された、「水」と名付けられた香り。都会で学生生活を送っていた岡田さんにとって、お守りのような存在になった。岡田さんはのちに、ISSEY MIYAKEで働くことになる。
「当時はアパレルよりもアートに関心があり、大学卒業後は渋谷のギャラリーに勤めていました。ただその後、ISSEY MIYAKEのオリジナリティーに富んだデザイン、機能的でありながら夢を感じさせるところに惹かれ、縁あって就職しました」
10年ほど働き、販売、企画、仕入れと経験するなかで、ブランドのコンセプトやシーズンごとに展開するテーマを「香りで表現できないか」と考えるようになったという岡田さん。
「かたちあるモノのイメージを、かたちを持たない香りで膨らませ、記憶に残るシーンを演出する。そんな表現ができたら楽しいだろうなと思っていました」
出産を機に退職後、もうひとつ、香りの道に進むきっかけになる忘れられない経験をした。それは、闘病中だった父の痛みや苦しみを少しでも和らげたいと、香りを使ったケアを本やネットで調べ試してみた時のことだった。
「香りを差し出して匂いをかいでもらったり、アロマトリートメントをしたりすると、父はすごく穏やかな表情になったんです。治るとは思っていませんでしたが、香りってこんなに力があるんだと驚いたのを覚えています」
その後2年間アロマスクールに通い、精油の成分や効能、アロマトリートメントについて学んだ。
「学校ではそれらの知識を踏まえた上で、香りをアートのように楽しむことを教えてもらいました。その時々の気分や体調に合ったアロマを提案したり、モノやコンセプトを香りで表現したり、私も香りを楽しんでもらえるような仕事がしたいと考えるようになりました」
卒業後、当時暮らしていた鎌倉のマンションの一室で、小さな工房Arteを開いた。アロマトリートメントやワークショップをしながら、近隣の店のオリジナルフレグランスをつくるなど、活動の幅を広げていった。
その土地の香りを蒸留したい
2020年9月、岡田さんは家族で長野県・蓼科に引っ越した。
「それまで精油は購入したものを使っていましたが、土地に根ざした香りを自分でも蒸留できたらいいなという思いが強くなっていって。蓼科は山もきれいですし空気もさわやかですよね。はじめて訪れた時、カラマツの香りに惹かれました。木の香りには、大きな存在が見守ってくれているような安心感があります」
移住して数カ月がたつ頃、知人からyasoを紹介され、赤松の蒸留をすることになった。yasoの立ち上げに関わる「木葉社」の代表・小池は常々、現場で出る間伐材を使って香りをつくりたいと考えていた。岡田さんにとっては、その土地の香りを自分で蒸留する夢がかなった瞬間だった。
「yasoで蒸留している赤松は、熟成したブランデーのように深くて芳醇な香りがします。蒸留してすぐは青臭さもありますが、だんだんと落ち着いてきて雑味が抜け、深みが増していくというか。その変化の過程も面白いんです」
屋号「Arte」に込めた思い
蓼科で暮らしはじめてからチェーンソーや草刈機を扱えるようになり、「ずいぶん鍛えられた」と笑う岡田さん。「『樹木』や『野花』を通じて、都会に暮らす方にも森を感じてもらえればうれしいです」とほほ笑む。
「古代、香りは薬として使われていました。ですから効能や成分ももちろん大切なんですが、調香はなんというか、そういった情報とはいったん切り離して、もう少しイマジネーションをかき立てるようなロマンチックなものなのかなとも思っていて。ひとつの香りに対して共感したりワクワクしたり懐かしいと感じたり。そうやって人間の感情を動かすことができる香りは、ささいなことですが日々の幸せにつながっていく気がするんです」
岡田さんは現在、オンラインストアでオリジナルフレグランスやハーブのサシェ(香り袋)、植物の壁飾りを販売するほか、yasoのイベントではフレグランスバーを出展するなど、カジュアルに香りを楽しめる活動にも力を入れている。
さらに移住後につながりができた長野県岡谷市の製糸工場で、糸をつくる過程で発生する、商品にはならないものの上質な生糸や繭玉を、オリジナルの香水やアロマミストとともに販売したり、岡谷シルクをつくる工場で商品のデザインや企画に携わったりと、もともと好きだった織物に関わる仕事もしているそう。
「ロスが生まれることに抵抗感があるので、香りもシルクも、自然の恵みを大切にして、少しずつ使っていきたいと思っています。そういう意味で、『森と寄り添う暮らし』をコンセプトに、現場で生まれる材を活用して精油をつくるyasoの考えにはすごく共感しています」
軽トラ一杯の間伐材からとれる精油は、およそ1リットル。大量の材からほんのわずかしか抽出できない。
「香りを入り口に植物や森林資源にも興味を持ってもらい、精油は自然の恵みに支えられた貴重なものであることを伝えていけたらと思います」
岡田さんの屋号「Arte」は、イタリア語で「芸術」を意味する。「ちょっとおこがましいんですけど」と照れながら、屋号に込めた思いを教えてくれた。
「芸術はもともと『人の手を加えたもの』を表す言葉でした。さらに遡れば、『癒やす』という意味もあったみたいで。おそらくなんですが、薬草を使って病気を治したり、心を癒やしたりといったところから派生して、『人の手を加えたもの』の意味を持つようになったのかなと。手を加えられる自然の存在に感謝しながら、人の手を加えてできることにこれからも取り組んでいきたいです」